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ダリアガーデンへようこそ

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2009.11
26

TB:0
09:51
Category : 思ひ出
祖母トラさんの葬式の後 おキンちゃんは長兄(私の伯父)を白河駅まで送りに行きました
そこに 小学2年生の私と弟がちょろちょろとついていきました
長兄は 大阪の大槻市に住んでいました
あの当時 当然長男が家を継ぐのが当たり前といわれていた時代です
家を出て大阪に行ったのには 何か深いいきさつがあったのでしょうが 残念ながら分かりません

そこを走っていたのはもちろん蒸気機関車です
今SLと騒がれている 煙を吐いて走るあの蒸気機関車です
それが遅れたのか 少し薄暗い待合室で4人は列車の到着を待っていました
大人たち二人は何か話をしていたのでしょうが ほとんどその会話の内容は分かりませんでした
伯父がふと私たちを見て言いました
「お前らの母ちゃんはな 
 色が黒くてちいちゃくてな 嫁に行けないんじゃないかって
 ずいぶん心配したんだぞ
 父ちゃん もらってくれてよかったなあ」

フーンそうなんだ
母ちゃんは 私が生まれるずっと前から母ちゃんであり それ以外は私の許容範囲の外の話でしたので その話はずっと長く胸の中に畳み込まれました

おキンちゃんには姉が二人居ます
上はハツ 次がトミといいました
親がそんな名前をつけるのって 分かりますよね
そして3番目がキンというわけです
おハッちゃんは 割と優等生だったらしく 戦争未亡人になってから小学校の先生になっています
おトミさんは 勉強が嫌いで嫌いで 逃げ回ったとおキンちゃんは言ってました
そして当のおキンちゃんは というと あまり勉強も好きではなかったようですが 手先は器用で着物は他の人のものまで一手に引き受けていたらしかったです

そんなおキンちゃんは 女学校を出てから逓信病院というところで看護婦さんになりました
看護婦さんといっても 本格的に学校に行ったわけではないので ただ お医者さんの手足になっているだけだったのだと思いますし 逓信病院といっても 診療所のようなところだったのでしょう
けれど 父にとって看護婦さんだったことがずっと長い間なんとなく自慢だったらしく おキンちゃんが白内障の手術のために入院したときは
「今はこんなばあさんになってるけど 昔は看護婦さんだったんだ」
と 本物の看護婦さんに向かって 嬉しそうに言っていました

そこで おキンちゃんは父と出会ったのです
ただ会っただけでなかったことを 私は 中学生のときに知りました

友達のところに遊びに行ったときのことです
そこへ 郵便局の簡易保険の仕事をしている人が来ました
友達はその人が知り合いのおじさんだったらしく 私を紹介してくれました
「□□さんだよ」
「エーッ あの□□さんかい? あの□□さんの娘さんかい?」
私の名字が この土地では少し珍しかったらしく そのおじさんは父のことを知っていました
「アー そういえば 結構病院で仲良くやってたんだよなあ」

その時にすればもう20年くらい前のことだったのでしょうが よく覚えていてくれました
私はそれを聞いた時 まだ中学生で しかも おキンちゃんからは 見合い結婚だよと聞かされていたのですが 全くいやな感情は湧きませんでした
聞いたのはこれだけなのですが とっても幸せな気持ちになったのです
おキンちゃんにも青春はあり 毎日仕事に出かけるときに 何か期待感を持って毎日を過ごしていたのだなということが分かったので とっても嬉しかったのです

戦前の話ですから これ以外には何もなかったのでしょうね

おキンちゃんは昭和16年12月 年も押し迫った28日に結婚式を挙げ 父のところにお嫁に来ました
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